Orpheus



「言い訳は聞きたくありません。」

俺の同居人は潔癖症だ。

「僕だって、こんなこと言いたくて言ってるわけじゃないんですよ。」
ああ、知ってるさ。
あーすんません。俺が悪いんだよ。
いーじゃん。後で捨てるつもりだったんだしよ。
ちょっとくらい置いといたからって、死にゃしねーよ。


ついさっきまで、そんな会話してたんだ。
それがなんでこうなっちまったんだ?

「おい…八戒…
冗談はよせよ…なぁ…八戒ー!」



■Orpheus■



外は雨。
アイツの苦手な雨音が俺を嘲笑うかのように続いている。

「…どうやら、悪運の強さとしぶとさはそこの赤いゴキブリに似てきたようだな。」
扉の向こうから豪奢な金髪背負った生臭坊主が現れた。
「…どーいう意味よ。」
「ふん。言葉通りだ。」
「…悪ィけど、今日の俺は流石に三蔵様の冗談に付き合ってるヨユーねーのよ。」

華奢なくせにイヤに男臭い手が煙草に火をつける。
…病院で煙草吸う坊主なんて、世の中にどれくらいいんだろな。
「サルはどうしたよ?」
「…連れて来て欲しかったのか。」
「…いや…別に。」

すぐに訪れる沈黙。
三蔵はあんまり喋る方じゃねーのは判ってる。
…けどよ?
「…どーなんだよ。」
「何がだ。」
「いや、何がって八戒…」

紫煙を吐く間。思わず身構えちまう。

「テメーで確認しろ。」

カチン
スイッチがonになった音が頭のどこかで聞こえたが、すぐにoffに切り替わる。アグレッシブになる気力なんてない。
「っつーか、病室に入っていいなら入っていいって教えてくれてもいーじゃねーか。」
「…莫迦か、お前。」
しかめっ面と溜息を乗せて返事をよこす。
「俺が入ってンのに面会謝絶もクソもねーだろうが。」

………はい、バカでした。

悪かったな。
今の状況が俺のノーミソの許容範囲を超えてんだよ。
あの時の足元から這い上がってくるドス黒い恐怖と
目の前に広がっていく鮮やかな赤と冷えていくアイツの体温を不意に思い出す。

「…そういやぁ…」
三蔵に視線を送る。
「?
…なんだ」
「…お前、なんでここにいンの?」

ブチッ

今度はヤツの頭の線がキレた音がした。
「脳ミソ沸いてンのか…?」
愛銃を構え、俺に照準を当てている。
「…情けねぇけど…本当に覚えてねーんだわ。」
へらっと笑ってみる。
「ほぉ…お前の頭が本当にただの飾りだったとはな。」
三蔵の視線が痛い。
俺の真意を探ろうとする視線が、痛い。

三蔵が懐に銃を仕舞った。

「悟空が…」

短くなった煙草を備え付けの灰皿に押し付ける。
絵になる仕草だ、と
こんな時にでも思える自分に少し腹を立てながら次の言葉を待つ。

「アイツが『嫌な予感がする』と喚いてな。」
ああ、それでわざわざウチまで来てくれたワケだ。
時間も、もう深夜になろうって頃に。

「…アイツのあんな必死な姿は初めて見た。」

眉間の皺が増える。
おとーさん、まさか嫉妬か?
俺は、アイツが誰かさんのために必死な姿を何度も見てるけど、それ以上だったのか?
いや、そりゃありえねーだろ。
わざわざ教えてやらねーけど。

「ついたら、あの様だ。
…何があった?」

真っ白。
思考が止まる。
身体全体が思い出すのを拒否してるのがわかる。

「…いつも通りだった…あン時まで。」
そう、その瞬間まで。



雷が鳴っていた。
雨が降るカモな、なんてぼんやり考えながら空になったハイライトの殻を握り捨ててテーブルへ放り出した。
新しい箱を開けて一本取り出し、ライターで火をつける。
すぐに、珈琲を持って八戒がキッチンから顔を出した。

「また…。ゴミ箱は傍にあるじゃないですか。」
「っせーな。後で捨てるつもりだったんだよ。」
「そういって、この間試しに何も言わずにおいてたら翌朝どころかその次の日もそのままでしたよ。」
溜息を吐きつつも、殻をゴミ箱へ捨てる。
律儀なヤツ。

「あン時は…」
「言い訳は聞きたくありません。」
ピシャリと言い放ち、珈琲を俺の前に置く。
「僕だって、こんなこと言いたくて言ってるわけじゃないんですよ。」
ブツブツと口の中で反論を繰り返す。
「…悟浄?」
にっこりと、悪意をたっぷり含んだ天使の微笑み。
これが女なら…ありえねーけどな。
勿体ねーくらい綺麗な顔立ちすぎんだワ。お前。
「…ワリィ」
「どういたしまして。」
向かいに座り、綺麗な動作で珈琲を口へ運ぶ。
俺には到底真似出来ない。

瞬間

轟音と閃光が一面を包んだ。
何が起こったか分からなかった。

雨が身体を打ちつける感覚
…どのくらい経ってんだ…?

「…ってッ…何だぁ?
おい、はっか…」

目の前に広がる光景を疑う。
なんだこりゃ?
ありえねーだろ。
俺の家に燃える木が生えて…いや違った、木が倒れてきたのか?
つか、燃えてんジャン!?

…八戒はどこだ?

嫌な感覚に襲われる。
全身が一瞬にして冷える。
変な汗が流れてくる。
記憶の渦が垂れ流し状態で頭の中を回っている。

最後に八戒は何処にいた?

「八戒!返事しろ!!」

そうだ、珈琲を飲んでたんだ。
それは綺麗な仕草で。
テーブルは倒木で跡形も無い。
八戒は俺の向かいに居たはずだ。

まさか、あの中か!?

「八戒!!」
頼む、無事でいてくれ。
いやぁ、参りましたね。って、いつもの調子で出てきてくれよ!
頼む、頼む、頼む!!
ゴミはちゃんと捨てるから。
もう、空き缶灰皿になんてしないから。
だから、頼む!…八戒!!

「…ご…」

声が聞こえた。

何処だ…どっちだ!?
「八戒!何処だ!!」

声のした方向を探す。
何処だ…何処なんだよッ!
大きな黒い染みがまだ燃えてはいない葉の茂った枝先の下に広がっている。
暫く見てると、染みはどんどん広がって行き、分岐して流れを作り始めた。

まさかッ!?

「おい、八戒!!」
近づくと、見慣れた手が見えた。
何も考えずにその手を引っ張り、引き出してみると尋ね人そのものだった。
肩の肉がざっくりと持って行かれて抉れている。
出血量も随分だ。

「おい、しっかりしろ!」
ぴたぴたと、頬を軽く叩いてみる。
「よか…無事……す…ね」
「よかねぇし、無事じゃねぇよ…って、おいッ!八戒!?」
返答がなくなる。
青ざめていく顔。
段々冷たくなっていく身体。
「おい…八戒…
冗談はよせよ…なぁ……八戒ー!」

遠くで、猿の声が聞こえた気がした。



「いやぁ…参りましたね。」
へらっとした笑顔でへろっと答える。
バカヤロー。そいつは俺の専売特許だ。
「顔が怖いですよ、悟浄。
結果オーライが信条じゃなかったんですか?」
減らず口叩きやがって。俺がどんだけ心配したと思ってンだ。
お前見つけた後の記憶がすっぽり飛んでるほどに心配したッつーの。
もーお前の心配は一生してやらねー。つーか使い切った。
むしろ縁を切りたいくらいだ。
いっそ、綺麗に死んでくれれば…なんて思えねぇのが余計に腹が立つ。
ムカツクほど嬉しいっつのバカヤロー。
嬉しすぎて、ばつが悪すぎて、機嫌悪い振りするしかねーじゃねーか。

「…悟浄?」
「…ンだよ。」

「地獄って、案外庶民的なところですね。」
「…地獄の沙汰も金次第っていうからな。てめェが貧乏臭く辛気臭ぇツラしてっから追ンだされたんだろ。」
「…かもしれません。」
そうやってクスクスと笑うヤツは顔半分を包帯に覆われてても綺麗で。ああ、もう。
余計にイラつく。

あん時ゃ、ゴミとか灰皿とか誓ったけど。
んなこと知るか。八戒は生きてんだし。

…けど、誓い破ったばっかりに夢オチになったりしたらヤだし。
お前が退院するくらいまでは。
もう暫くは誓いを守ってやってもイーかもな。





必死な悟浄さんを書きたかったのです。
ちょっと色気を出して、時間軸をずらして行ったり来たりしてみたりしたのですが…
かえって内容が伝わりにくくなったというかごじょさんが偽者になっちゃったというか(汗)
本当は、奇襲を食らったとか色々考えたのですが〜…
彼らの不意をつけるような敵なんて自然災害しか思いつかなかった(笑)
タイトルはギリシャ神話の『オルフェウスとエウリュディケ』から。終わりの部分がそれっぽかったので(笑)