雨が降る



湿った空気が漂い始め、やがて水音が聞こえてくる。

ああ、来た。

徐々に鬱積する黒い感覚。

何も見たくない
何も感じたくない

自分が無くなればいいのに。

眠るのも嫌だ。
見たくないものを延々と見せられる。
映画やビデオのようにフィルムだったら
いい加減磨耗して擦り切れて二度と見れなくなっているだろうに。

このまま消えてしまえたらどんなにか…



「よォ。」
遠慮気味なノックに続いて声が聞こえた。
意識を急浮上させ、反射的に声の方を向く。

扉の鍵、開けてたっけ…

思い出せない。
何も考えたくない。

「…何かありましたか」
鮮やかな紅…
「いや…メシ、持ってきた。」
「…そこへ置いておいてください」
食べたくない
「食えよ。終わったら下げるから。」
「後で食べますから…」
笑顔を作ってみる 上手く笑えた自信は無いけど

ドカッ

目の前をスローモーションで椅子が流れていった。

「食えッつってんだよ!」
「ごじょ…」
「お前、今日が何日かわかってンのか?」
「え…」
「雨が降り出してから、もう4日目なんだ…よッ!」
無理矢理視線を合わせられる。
頭頂部が痛い
「…禿げたらどうしてくれるんです」
「冗談言ってる場合か。食え。」
目の前にスプーンが飛び出してきた。
のっているのはおじや…?…雑炊…だろうか。
「…因みに、どなたの作品ですか」
「俺サマに決まってんだろーが。三蔵サマなら、お前と同じビョーキでお前と同じよーに篭ってるッつーの。」
「…聞かなきゃ良かった…」
「いや、聞いたのはお前だし。ほら、食え。」
しょうがなしに口を開ける。
物質の感覚が口の中に広がる。
「不味いか?」
「…普通は『美味いか』って聞きません?」
「うるせー。不味いかって俺は聞いてんだよ。」
わからない。
正直、味なんて感じない。
「不味いですよ。」
だって、わからないんだし。
「よし、やや正常…だな。」
「……は?」
さっきから、会話が噛みあってない気がする。
「お前は、俺の作ったモンを褒めたりしねーんだわ。
そーいう人なの。」
「失礼ですね…それじゃあ、僕がイヤな人みたいじゃないですか」
「いーんだよ。で、俺が思ったとおりの反応に近い答えが返ってきたから、それでお前さんは正常なんだ。」
…どういう理論ですか、それ。
「…で、正常な僕になにをさせたいんですか。」

溜息を一つ。自然に苦笑。
なんか、どうでも良くなってきた。

悟浄の笑顔も柔らかい気がする。

「まずは、俺様特製おじやを食って。」
「はい。」
「とりあえずゆっくり寝て。」
「それは、どうでしょう。」
「っせーな。ダメならダメで、俺たちに美味いメシでも作りやがれ。」
つい、吹き出した。
あまりにも、いつもどおりな事を言うから。
「ええ。わかりました。」
「それと…」
「それと?」
「三蔵は、任せた。」
…本音はソレですか。
「…はいはい。全く、面倒事は全部僕に投げればいいと思ってるでしょう。貴方。」
「いんだよ、俺の中ではそーいう人なの。お前は。」
「そんなにヤな人ですか、僕…」
乾いた笑いに皮肉を込めて。余裕が無いんです、これくらいは許容範囲でしょう。

「そうじゃなくて。」
頭を盛大に掻き毟りながら明後日の方向を見ている。

「…頼りにしてンだよ。」

相変わらず雨は止まないけど。
明日はきっと晴れでしょう。

そう、祈りを込めて。




ノーコメント